※注 この記事は1999年に執筆されたものです。

「生命の設計図」と言われる遺伝子。細胞の中で様々なタンパク質を作り出す司令塔で、人間にはおよそ100,000個の遺伝子があるとされてきた。ところが遺伝情報(ゲノム)の解読が進み、最近になってこの定説が揺らいでいる。科学者の間ではヒト遺伝子の総数を巡って激しい論争が戦わされている。

遺伝情報は細胞の中にある染色体のデオキシリボ核酸(DNA)に四塩基という化学

物質の配列で記録されている。人間の場合、塩基の総数は約30億個。4種類の文字が30億個並んだ喑号のようなもので、これがゲノムである。

長大な文字列を明らかにする研究が急速に進み、近く米国で解読完了が発表の予定である。ただ、実際にタンパク質を作る指令を出す部分はゲノムの中に散在しており、全体の数%に過ぎない。この部分が遺伝子で、何個あるかははっきりしていない。研究の進展に伴い、これまでの大ざっぱな予想を覆す見方が出てきた。

科学者の予想は27,462個から200,000個まで開きが出た。平均は62,598個で、これまでの定説よりも少なめ、日本の学者は51,300個と予想している。

全ての遺伝子が特定されるのは2003年になる見通しである。

この遺伝子の総数を知ることは、進化のナゾに迫るヒン卜が隠されている。

生物は種によってゲノムの大きさにも遺伝子の数にも違いがある。ゲノムが大きく遺伝子の数が多ければそれだけ複雑で高等な生き物になるかと言えば、そう単純でもない。人よりも大きなゲノムを持つ植物があるし、魚類には人と同程度の数の遺伝子を持つものもいるようだ。

人の場合、一つの遺伝子から、条件によっては二種類以上のタンパク質が生み出される「スプライシング」という現象がよく起きる„遺伝子が一人二役以上を演じるわけで、こうした複雑な機構が高等動物の多様性を支えている可能性があると言う。遺伝子の物理的な数もさることながら、その働き方も変化することによって、生物は進化して来たのかもしれない。

遺伝子の総数を予想する手法は様々で、最もオーソドックスなのは、これまでのゲノム解読で明らかになった部分から全体を推定するもの。人の染色体の一部は塩基配列と遺伝子の数がかなり正確に分かっている。これを全体にあてはめると、約4万個の遺伝子があることになる。他の動物と比較して手掛かりを得る手法もあるaフランスのジェノスコープ研究所は魚のフグに着目。フグは人間と同じ背椎動物だが、進化の過程で遠い昔に別の道に分かれた。雨者のゲノムで同じ塩基配列があれば、太古から引き継がれてきた重要な遺伝子である可能性が高い。予想結果は28,000個から34,000個となった。米国のゲノム研究所は人が持つ様々なリボ核酸を手掛かりにした。遺伝子がタンパク質を作る際必ずRNAと結び付く。予想は120,000個である。果たして実際は何個の遺伝子総数なのか?