人間の細胞はすべて、たった一つの細胞(つまり受精卵)がもととなっており、すべての細胞はみな正確に同じDNAを持っていると考えられています。しかし、それらはそれぞれ異なった方向に進み、異なった働きをして、異なった器官を形成します。あるものは皮膚を形成し、他のものは骨や脳や肝臓や、その他の身体の色々な部分を形成するといった具合です。このように、細胞が特定の性質を持ち、特定の働きをするように分かれていくことを分化と言うが、こう言った分化の過程を通じて、異なった細胞系ではそれぞれ異なった遺伝子が働いています。
血液中の赤血球は身体の各組織のすみずみまで酸素を運び、炭酸ガスを取り除く役割を果たすヘモグロビンを満たした小さな袋のように成っています。神経細胞(脳や神経の細胞)は神経細胞間の信号を伝達する機能を持った神経伝達物質を生産します。膵臓細胞はおもに消化作用を行う酵素を生産しており、膵臓の中で特に目につく構造ランゲルハンス島細胞はインスリンを合成します。このホルモンは血液中の糖分濃度を調節すると同時に、トリグリセライドという物質の細胞内移動に影替を与えます。このようにすべての臓器でさまざまなことが行われているのです。
生命体は特異的かつ精密に調整した制御機構による正確な機能を持った驚くべき機械です。分子生物学によって、この機械の存続と円滑な稼働に基本的な役割を果たす遺伝子を直接に研究することが出来るようになりました。分子生物学は、一つ一つの細胞、一つ一つの臓器がどのように働いているか理解することを目指す、古典生物学に新たな推進力を与えました。人間の身体の中で起こるすべての反応の複雑さについて考えると、これほどまでに誤りの少ないことに感嘆さされます。例えば、細胞分裂についてみると、どうして私たちは正しい細胞数でもって出来上がり、どうしてランダムな増殖(ガン)はそれほど多くはないのだろうか。そこに生命体のほんとうの美しさが在ります。私たちはどのようにして生命体が正しく機能するのか、どうして時々それがうまく行かなくなるのかをよりよく理解し始めています。この二つの間を画する明確な一線を繰り返すことがこの主題の一つです。