たった一つの受精卵細胞が約10月10日間分裂増殖を重ねて、200種類の違った各種の細胞になっていく、それぞれの細胞の中で、瞬時にどんな遺伝子をどれだけ、どのように働かせるかの『瞬間ごとの決定』も、その寸前にどんな作用因子が細胞内で合成されるかということも、全ては細胞内遺伝子の『発生プログラム』に従って行われます。
この私たちの体の多種多様な細胞の集合体の、色々な臓器を構成している細胞は、形態的にも機能的にも、それぞれ特殊化されて、相互には似ても似つかぬものとなっています。こうした分化は、アミラーゼを分泌する膵臓の細胞や、脳で働く神経細胞、水晶体の透明な細胞、皮膚の細胞、骨を作る細胞等々が、たった一個の受精卵からできたものであるという、この違いを作り出しているのは何か、これら細胞の連命は、いつどうやって決まるのかは、細胞内の出来事と細胞間の出来事を、『発生プログラム』を背景に考えてみましょう。
新生児時3兆個、成人して60兆個の細胞集合体は、これを機能とそれが形成されて来る道筋に従って分類しますと、200種類に分けられます。各細胞は、自分の置かれた位置で、自分に与えられた働きだけを行うように、細胞間に、厳密に調節が割り当てされています。ほとんどの細胞は、働きを終えますと死に、その場所には再び同じ性能を持った細胞が補われます。体の構築とその維持管理は、個々の細胞が自分の辿ってきた履歴を記憶していて、しかも自分の置かれた体内環境の場所位置の情報をとり入れて、周囲の細胞とコミュニケーションしながら演じて観せるドラマだと言えます。
この発生・形成のプロセスはおそろしく複雑ですが、受精卵は実に正確に、厳密に、これをやってのけています。外からの影響がまったくないわけではありませんが、その大部分は受精卵の内蔵している『能力』によって自発的に進行されます。受精卵の遺伝子系の中に、これだけのことを行う情報が書き込まれているからです。これが『発生のプログラム』なのです。何故プログラムと言うのかは、遺伝子系の『書き込み』は、四肢を作らせる情報や、神経細胞の構築を指令する情報というように、分類整理して配置されているのではなくて、それは最初にどの遺伝子を働かせるか、それがうまく働いたら次にはその結果を取り入れてどの遺伝子を働かせるか、そしてその次には…という具合に、反応の順序を指定しているのです。