DNAの塩基の並びという一次元情報が、どのようにして時間と空間に関わるプログラムになるのかは、その中には意外な過程も含まれています。

例えば手を見てみましよう。順次に増えて行く細胞が、間違いなく五本の指を持った形を作って行くには、先ず銀杏の葉のような、あるいは水かきのある鳥の足のような形のものが作られ、あとで水かきの部分が死んで取り除かれて指ができます。つまり死んで取り除かれるように定められた細胞があり、それはプログラムに組み入れられています。これを『プログラムされた死』アポトーシスと呼んでいます。このプログラムはどの程度まで厳密に書かれているのだろうか。どのような個体ができて、それがどのような成長運命を辿るのか、つまり生から死までの全過程が予め書き込まれているのだろうか、それともラフスケッチなのだろうか、それらを知るにはどうしたらよいのだろう。

現在のところでは、私たちの体を作っている60兆個の細胞がどのようにしてでき上がって来るのか、その途中の細胞の系譜、一つの細胞を作る一代前の細胞はどんな細胞だったのか、さらにその前は…と辿って行くことを調べることはできません。まして各細胞で、それぞれの時刻にどのような遺伝子が、どのように働くかを調べて発生のブログラムを知ることなどは、絶望的に見えますが、しかし現代生物学は、そこに突破口を開きつつ、少しずつわかり初めています。