科学者は、探求を待つ可能性の大海へ私達を導く新しい道を発見した。そして、彼らはこのような探検に船出する材料を持っている。単なる好奇心からにしろ、学ぼうとする熱意からにしろ、私達は合理的に期待できるものを知ろうと思っているし、どのくらい時間がかかるかを知りたいと思っている。それは、将来に向かって伸びている発展によって、必然的に人間の病気や行動に対する社会の態度が変わるからである。私達は皆、この素晴らしい事実が意味するものと、私達の日常生活に対するこれらの方法がもたらすインパクトについて、不安を抱いている。
私達は環境を変えることができる。実際に私達はそれを大規模に行っており、每日それを続けている。私達は自分の生活様式に適合するよう、自分自身の環境を作り出すこともできる。私達は自由に行きたい方向を選べる。しかし、私達の遺伝的設計図は両親から受け継いだ遺伝子の組み合わせであり、いわば遺伝子のモザイクである。これまで、私達はこのランダムな遺伝子の分布を制御することはできなかった。私達が受け,継いでいる遺伝子は「くじ引き」つまり生命の「くじ引き」の結果である。
現在、私達は自然が35億年経過して作り出してきたものを変化させ、遺伝子を思いのままに操作する力を持とうとしている。現代は刺激的であるが、しかし恐ろしい時代でもある。組み換えDNA技術に反対する人達は、科学者がまるでゲームのように生命を取り扱っていると告発してはばからない。如何に刺激的であっても、新しい遺伝学はゲームではない。私達は破壊的な病気を治癒させ、予防し、根絶する能力を持っている。苦しみを和らげる可能性を持っているのである。私達は正当な理由を持って作り出した素晴らしい手法を使いこなすことになる(すなわち、よりよい未来)のだろうか。
確かに、分子生物学は、物質世界と生命世界が一つのつながりの世界であることを示し、自然科学に大きな変革をもたらしたが、DNAの生命情報には未知の世界が待っている。