スーパーシステムとしての免疫系は偶然性を積極的に取り込んだり、新しい遺伝子の利用法を発明し、もとのゲノムの遺伝子には書かれていなかった新しい行動能力を作り出したのである。今のところ、このような遺伝子のつなぎ換えで多様な遺伝子を作り出しているのは、免疫系以外では発見されていない。遺伝子のつなぎ換えではなくて、一つの遺伝子発現様式を条件次第で変えるという別のやり方も、免疫系の他の分子で発見されている。

例えばCD45という免疫細胞の膜にある大きな機能分子では、細胞が免疫反応を起こすと、もともと一つの遺伝子なのに転写のやり方を様々に変えて、作られたタンパク質の大きさを変化させる。未だ異物と反応したことのない処女細胞では、幾つかのエクソン(タンパク質に翻訳されるDNA配列)で構成されるCD45遺伝子の全部がタンパク質に翻訳されるので分子量が20,000もある大きなタンパク質が合成される。しかし、一度あるいは繰り返し異物と反応すると、一部のエクソンの翻訳がなされなくなり、小さな分子になってしまう。機能も変化するらしい。遺伝子が一方的にタンパク質を決めているという法則を無視し細胞の方が遺伝子の利用の仕方を変化させているのである。

これらの事実が、基本的にはDNAに内在したルールによって産み出されていたのだとしても、浮かび上がってくるイメージは異なる。DNAはすべてを前もって決定していたのではない。偶然や後天的な経験を通して、生物はDNAの利用の仕方を変え、遺伝子を異なった文脈で読み替えるようになるのだ。そこに、しなやかなDNAの姿が浮かび上がってくる。頑迷固陋(がんめいこうろう)なDNAによる決定論から、自己複製子の集合体としてのゲノムを通過し、しなやかなDNAと出会った。ゲノムというのは、単なるDNAの総体ではなくて、様々な可能性を生み出し、個体の特性を生み出すものであり、個を作り出す主体である。

免疫に関与する分子の多くは、約110個のアミノ酸からなる単位構造(ドメインと呼ぶ)のつながった分子群で、DNAの方でも、ドメインに対応するエクソンがある。これらのエクソンは無意味なイントロンを介してDNAの鎖の上に直列に並んでいる。この構造単位が總り返しつながってできた分子群を免疫グロブリン・スーパーファミリーと呼んでいる。このスーパーファミリーに属する分子たちが、お互いに反応し合い依存し合って、免疫システムが作り上げられているのである。

こうした共通のドメインを持つ分子を生み出す遺伝子群を、遺伝子のスーパーファミリーと呼ぶ。免疫グロブリンに似たドメインを持っている分子は、免疫系に数十種類も存在している。それを決定している遺伝子群が、免疫グロブリン遣伝子スーパーファミリーである。別のセットの遺伝子スーパーファミリーを持っているものとしては、接着分子群やサイトカイン受容体群などがある。高次の生体システムは、こうした遺伝子スーパーファミリーの産物の相互関係によって成立していることになる。それは、元を正せば太古に誕生した1個の機能を持った遺伝子が、増幅し複雜化して作り上げた巨大なシステムである。

単一なものが、先ず自分と同じものを複製し、ついで多様化することによって自己組織化していく。それが充足した閉鎖構造を作ると同時に外界からの情報を取り込み、自己言及的に拡大していく。これがスーパーシステムの基本的な性質である。

生命体のゲノムそれ自身が、スーパーシステムだったのではないか。生命の持つスーパーシステム性はDNAの本性に依存しながら、その利己性を超えていったのだ。それならば進化そのものも、スーパーシステムの拡大と発展として眺めることができるのではないだろうか。視点を変えていくと、生物がDNAの乗り物なのではなく、DNAの方こそ、生物という実体を持ったものが自己実現のために利用してきた乗り物に見えてくる。人間はDNAという乗り物に乗ってこの世に現れその全機能を利用して生き、乗り捨てて去る。

生命維持に必須な糖代謝酵素などでは、大腸菌から人間に至るまで、その遺伝子の重要部分の構造はほとんど変わっていない。もし変わってしまえばエネルギー代謝ができなくなって生きて行けなくなるからである。一方、遺伝子を重複させて存在させて置けば、例え一つに間違い(変異)が起こったとしても、もう片方の遺伝子を活用して生き延びることができる。その間にもう片方は新しい機能を獲得して、語彙を増やしていく。余裕ができた遺伝子は、自己複製しながら、組合わされたり繋がり合ったりして、新しい意味を作り出していく。もとの遺伝子が働いている限り、分身の方にエラー(突然変異)が起こっても構わない。こうして少しずつ含意の違う一群の遺伝子が増加していく。

変異を起こした遺伝子の中には、一文字だけ違ってしまったために意味を持たなくなったような遺伝子も含まれている。こうした一文字程度の欠陥のために、タンパク質を作ることができなくなった遺伝子を「偽遺伝子」と呼んでいる。ゲノムの中には、こうした遺伝子の死散が数多く含まれている。しかし、もう一文字違いさえすれば別の意味を持つことができるようなものもあって、それが成功すれば新しい遺伝子が誕生するはずである。それは新しい言葉の誕生に似ている。ゲノムは、こうした遺伝子の言葉の発明とその活用形の披大によって成立した。それは、様々な意味を持った遺伝子とその文脈、さらには死語となったものまで含んだ膨大な辞書なのである。