特定の遺伝子に他の遺伝子の小さな一部分を挿入して、別の働きを持たせる場合がよくある。遺伝子転換や遺伝子再構成として知られている現象である。一つの言葉に、接頭語や接尾語をつけることによって異なった意味を持つ一群の言葉を作り出すことができるのに似ている。また読み取りの過程で、途中にある一部のDNAの配列を読み飛ばして、一つの遺伝子から幾つもの異なったタンパク質を作り出すようなやり方も発明していった。スプライシング(切り取り)という、いわば文章の編集法である。その他にも様々な共通点が認められる。こうして見ると、言葉の成立と発展、遺伝子の誕生と進化には明らかに同じ原理が働いており、共通のルールが用いられているように思われる。一度単純な要素が創造されると、その組み合わせによって意味が生じ、繰り返しによって重複し、複製し伝達する際のエラーを取り込んで多様化して行き、こうしてできた新しい要素の組み合わせは飛躍的に語録の多様性を増していく。その後は、与えられた多様性を組織化して、複雑な生命活動を運営していくのである。言語の成立過程にもゲノムの成立過程にも、別に目的があったわけではなく、また前もってブループリントが用意されていたわけでもない。それにもかかわらず、チョムスキーが指摘するように、いかなる言語も基本的には共通のルールにしたがって生成している。そのルールも方向づけも言語が自分自身を作り出したのだ。
自分で作り出したルールにしたがって自己組織化し、発展していくのがスーパーシステムの本性なのである。いったん自分の文法を生成してしまった言語は、最終的には、言語の「自己」というものを確立していく。英語には英語の「自己」が、日本語には日本語の「自己」がある。それぞれの言語は混交しない。原初の言葉から現在の言語へ、そして最初の遺伝子から現在のゲノムへ、その道筋を一通りたどってみると、両者がほとんど共通のルールにしたがって多様化し、組織化され、進化してきたように思われる。そして成立した言語は、まさしく「自己」を持ったスーパーシステムなのである。
個体の発生とか、免疫系の成立といった生命の原理が、言語の生成にも働いている。都市の形成や音楽など、人間の持つ様々な文化現象を、高次の生命活動として見る理由がここにある。