遺伝マーカーは塩基配列の突然変異(ヌクレオチドの変換、欠失、挿入)、転位などによるDNAの変異であり、これによって個体ごとのDNAの区別がつけられる。こういったマーカーの特定も、分子遺伝学によって可能になったことの一つである。

遺伝マーカーの検出には制限酵素が使われる。これらの酵素は微生物から取り出されたもので、DNAを正確に特定の塩基配列、つまり制限酵素認識部位で切断する。制限酵素はよく分子ハサミに例えられるが、事実DNA分子を望んだ長さの断片に切断するためによく使われている。研究者は150種類以上の一連の制限酵素を自由に購入出来、これら全ては各々の特定の塩基配列を認識する。例えば大腸菌から取り出されたEcoR1という制限酵素は何時もGAATTCという配列を認識してDNAを切断する。もし突然変異がこの部位に起こってCAATTC、GAAGTCといった配列に変わると新しい配列はもはやEcoR1の認識部位ではなくなり、この酵素はここでDNAを切断しない。反対に突然変異で新たにEcoR1の認識配列ができることもある。

目的のDNA領域を(DNAハイブリダイゼーシヨン)という方法で見えるようにすることができる。先ずEcoR1のような制限酵素を働かせて、DNA試料を数塩基対から数万塩基対の長さの違った約100万個の断片に切断する。それからこの断片を電気泳動という技術を使って分子の網目を通し、大きさにしたがって分離させる。分子の網目はアガロースゲル(精製寒天)またはポリアクリルアミドで作ったゲルでできており、そのための実験のこの段階を「DNAゲル」と呼ぶ。DNAは電荷を持っているので、大きさで分けるゲルを電場の中の置くとDNA断片が移動する、電気の力で断片を、ゲルの片方の端からもう一つの端まで引っ張るのである。小さな断片は非常に早く網目を通り抜けるが、大きな断片は遅れる。断片が大きいほど動きが純いからである。そのため「DNA流し」の終わりにはそれぞれの断片が分かれて、小さいものは一方の端に、大きいものはもう一方の端に位置するようになる。しかし、ゲルは長さが数cmから、大きくても数十cm以内であり、100万の断片でできたゲル中のDNAパターンはしみのようにしか見えない。そこで、正確なDNA配列を探し出すうまい方法を使う。どのようにして、このしみの中のどこに注目する特定の断片があるのを検出するのだろうか。

それは、DNA鎖の相補性の原理に基づいてDNAの検出を行うのである。特定の配列を見つけるため、探索子(プローブ)と呼ばれるこの配列のコピーが使われる。この探索子にはどのようなDNAを使ってもよい(遺伝子またはその一部、タンパク質を指定しない配列、cDNAの全部または一部、または化学合成断片)。探索子は放射性物質や蛍光色素で容易に検出できるように標識して置く。探索子と一致するゲノムのDNA配列のハイブリダイゼーシヨン(雑種形成)は、ゲノムDNAがー本鎖になったときにだけ起こるから、ゲノムDNAを標識した探索子もニ本鎖を一本鎖にほどく「変性処理」をしておく、探索子を先のDNAのパターンに接触させると、大きさの順に並んだ断片のうち対応するDNAとだけ雑種形成する。このハイブリダイゼーションの段階はゲルから、取り扱いと保存のしやすい膜である薄いハイブリダイゼーション用爐紙に移したDNAパターンで行う。DNAの相補性という特性によって探索子と一致した配列を持つ断片だけが検出されるのである。放射性標識の場合はX線フィルムで、蛍光色素標識の場合は蛍光でこれを検出することができる。DNA断片の検出の全過程は「DNAハイブリダイゼーション」「ブロットハイブリダイゼーシヨン」または「サザーントランスファー」などと呼ばれている。

先に述べたように制限酵素の認識配列を新しく作り出したり壊したりするような塩基配列の変異が起こると、DNA断片の大きさの分布が変わる。塩基の挿入や欠失、転位が起こった場合でも同じである。例えば、もしある個体では探索子に対応するDNA配列が二つのEcoR1の認識部位の間にあるとすると、EcoR1で切断したゲノムのDNA断片は、ブロットハイブリダイゼーション法によると、1本のバンドとして見える。

もし他の個体のDNAで突然変異により二つのEcoR1認識部位の間にもう一つの認識部位ができるとニ本の断片が検出される。一方もし突然変異によって二つのうちの一つのEcoR1認識部位がなくなると、一本でしかも次のEcoR1認識部位の位置まで続いた非常に長い断片が検出されるであろう。このような個体間のDNA断片分布の変動は、「制限酵素断片長多型」または「RFLP」と呼ばれている。

実際に利用するには、高度に変動したマーカーであることが望ましい。あいにく  RFLPの場合は、ほとんどがそうでない。RFLPは制限酵素認識部位が新たにできるかなくなった結果生じるのであって、多形性というより二形性というべきものだからである。分子遺伝学では多形性情報含有量といわれる値が大きいほど遺伝マーカーの有用性は高い。

したがって単一の二形性ではこの値は低いが、二形性を持った他のRFLPと組み合わせるとこの値を増加させることができる。これも利用性を高める一つの方法だが、もっとよいのは非常に変化の多い本当の多形性マーカーを見つけることである。イギリス、ライセスター大学のジェフリーとその研究チームはミニサテライトと呼ばれるDNA領域を見つけてこの問題を解決した。それは約15塩基対の長さの塩基配列が繰り返し並んでいるもので、このような繰り返し配列はDNA中に広く散在している。ジェフリーとその共同研究者たちは、類似または同一のコアとなる配列を持ったミニサテライトDNAを数セット見つけた。1985年に彼らは筋肉のタンパク質であるミオグロビンの遺伝子の発現されない部分(イン卜ロン=介在配列と呼ばれる)で見い出された配列を使った探索子を用い、ミニサテライトを検出する方法を考案した。この方法は個々の遺伝的独自性を調べる方法の基礎をなすもので、「DNAフィンガープリント(指紋)法」と言われている。この方法はただちにイギリスの巨大製薬会社ICI社で商業的に使われ、個人のDNA鑑別の分野で革命を起こした。

ミニサテライトは確かに、遺伝マーカーのギャップを埋めてくれた。どのような場所にも非常に変化の多い繰り返し配列が多くあるので、本当の多形性が見つけられたことになる。更に、ゲノムの中の20ぐらいの異なった部位を同時に検査することができるので、その結果は情報量も多い。しかしこの極端な変動性のために80種位のDNAパターンが得られ、逆に分別が困難になった。このように観察されるパターンが複雑なために、この技術は無関係の人間つまり他人同士ではなく、血縁関係にある人々の間でのマーカーの伝達を追跡するのにもっとも適している。

更に、この種類の新しいマーカーも見つかった。あるDNA領域は色々な数のコアとなる配列からなっているが、このマーカーは20もの違う領域を検出するものではなく特定のDNA領域を検出するものである。これらは非常に強い可視的な単純なパターンをとり、容易に解析できるので技術的に取り扱いやすい。これは実際面でも有用なので、科学的領域はもとより非科学的領域にも広く受け入れられている。例えばアメリカでは法医学の分野での決定に深く関与しているFBIは犯罪捜査に高可変性を示す単一のDNA領域を対象とした探索子を優先すると発表している。