私達はどんな目的でこのような色々なRFLPを調べるのだろうか。分子遺伝学の長期目標の一つに、人間のゲノムの完全な地図を作ることがあり、それにRFLPが重要な指標になる。このゲノム地図は、遺伝マーカーがDNA分子中で均等に分布するようにつくられることになるだろう。二つのマーカーの間の距離はどれも、理想的にはこの二つの間にあるDNA配列についての情報が得られやすいようなものにする必要がある。そうであれば、特定のDNA配列が遺伝的組み換え(減数分裂の過程で起こる相同配列の交換)などでどのように変わったかを追跡するのが容易になるし、ゲノムのどのような位置にでもすぐに辿り着くことができるだろう。人間のゲノム全体を扱うのにどのくらいの数のマーカーが必要かというと、正確な数は分からないが、私達の知識の現状からすると、数千に近いであろうと思われる。

しかし人間のゲノムの完全な地図を作るのに必要なマーカーの数を計算しようとしても、まだ分からないことがたくさんある。よい(情報量の多い)マーカーはどのくらいあるのだろうか。これらはDNAの全領域にあるのだろうか。全てのDNA部分でどのくらい組み換えが起こるのか。二つのマーカーの間隔はどのくらいが望ましいだろうか。最後の問いは相互に関連している。二つの遺伝マーカーの間隔次第で、組み換えの後でも全ての遺伝子の位置を追跡することが可能になるからである。

ところで、科学の分野ではどこでも独特の単位を作る。その名前は専門家以外にはミステリーのように思われる。古典的遺伝学では組み換えの単位はモーガンと呼ばれている。これはアメリカの遺伝学者で、1933年ににノーベル生理学・医学賞をもらったモーガンにちなんだものである。モーガンは組み換えの起こり得る染色体の長さを表している。分子遺伝学者にはこの単位は余り大きすぎるので使われず、この100分の1であるセンチモーガン(cM)がよく使われる。1 cMで表される実際のDNA塩基対の数は必ずしも一定ではない。問題とするどの染色体のどの部分かによって違ってくる。しかし平均すると1 cMは100万塩基対に相当する。

人間のゲノム地図を作ることは途方もないプロジュクトであるが、世界中の幾つかの研究室で、この目標を達成すべく非常な勢いで仕事が進められている。この最前線では現在2~3,000の遺伝マーカーが見つけられている。もっとも情報量が多く、適切なものを選んで、人間のゲノム全体の90%をカバーする5 cM(センチモーガン)の連鎖地図(平均500万塩基対くらいずつ離れた遺伝マーカー)が出来上がっている。しかし、まだ大きな欠落(残りの10%に対応する)が残っている。これからの数年間は、分子遺伝学者の目標の一つは地図の精度を改良することで、1 cMずつ離れた良質の遺伝マーカーで連鎖地図を作ることが望まれている。そうなってこそはじめて、人間のゲノムの全ての 部分を効率的に探し当てることができるようになるだろう。

分子遺伝学者は実際には、互いに補い合う役割を持った二つのタイプの地図、すなわち遺伝的な連鎖地図と物理的地図を作ろうと苦心している。遺伝的連鎖地図は、注目する遺伝子と遺伝子領域がどの染色体のどの場所にあるかを決めることである。二つの領域がどのくらい近いかは組み換えを元にして決められる。一方、物理的地図はDNAに沿って見つけることが可能な目印の規則的な配置に対応する。遺伝的距離はセンチモーガン(cM)で計られるが、物理的距離は染色体での距離、直接には塩基対で計られる。