私達の身体は動的なシステムを構成して、絶えず細胞間情報伝達物質を使って情報交換を行っている約60兆個の細胞からできている。生命活動を特徴づける生化学反応を円滑に働かせるため、身体はエネルギーを製造して貯蔵し、これを色々な組織の特有な機能のために消費する。心臓は血液を血管に送り出し、肺は血液のガスを大気と交換し、赤血球は酸素と炭酸ガスを運び、肝臓や消化管は食物を消化し、筋肉は収縮して色々な運動を起こす。脳では思考過程が起こり、脳の神經中枢が身体の全ての活性を制御し、骨はしっかりした身体の枠組みを作る。

私達の身体のほとんどの細胞は何時も成長し細胞分裂をしている。赤ん坊から大人になること、毛髪が伸びること、傷が治ることなどはみなこのためである。また、血液細胞の貯蔵庫である骨髄は1秒間に400万個の細胞を作っている。細胞分裂は、DNA合成を伴うので、毎日の細胞分裂の数を総計すると約3億マイル(4.8億km)にも及ぶ長大な新しいDNAが作られることになるが、この長さは太陽と地球との間の距離よりずっと長い。顕微鏡下で見る私達の身体が如何に活性に富んでいるかはこの例で分かる。「生物時計」と呼ばれているものが細胞の分裂と成長を制御しており、この機構が完全に調整されていると、正確な数の細胞が正しい時間に分裂増殖する。新しいDNAができると少数の新しい誤りが生まれる。DNAの修復機構が非常に効率的なため99.9%の誤りは修正されるが、それでも誤りは少し残る。このためDNA分子の遺伝的変化が起こる。平均的な自然突然変異率は非常に低く1,000万分の1程度であるが、この率はある種の化学物質や放射線によって増大する。

DNAの変化の多くは身体の運命に何の影響も与えないが、ある少数の変化は細胞分裂の調節や分化の機構に働いているタンパク質、つまり生物時計の一部であるタンパク質に変化を起こさせることがある。その結果、そのような変化が起きた細胞は生物時計の制御から逸脱し、勝手気ままに増殖し始める。つまり、この細胞ではほかの器官から送られる制御信号が聞こえなくなるのである。そして独立に成長して増える性質を持ち、宿主の全てに優先する寄生物のような行動をとるガン細胞になる。DNAに異常が起こるので、この細胞が獲得したガンの性質は当然全ての娘細胞に伝えられて、潜在的なガンとして無限の増殖を始めるのである。

多くの異なった要因がランダムな細胞増殖を引き起こすので、この点から見ると、色々な種類のガンはそれぞれ独特な病気であると思われる。事実、ある種の特異的な型のガンでも、異なった患者では異なった現れ方をし、症状の激しさや進行状態、ガン化の引き金が引かれたときと悪性増殖の始まりとの間の時間などに差がある。実隙に、ガンの進行はゆっくりした過程をたどって起こるが、それには多くの異なった段階を経る。前ガン状態と言われる段階からそれが本当のガン腫として発達するまでには、長い場合には50年くらいの時間がかかることがあり、これがガンに侵される危険が年齢とともに増える理由になっている。数百年、いや数十年前でも、同じ年齢層の老人がガンになる可能性は現在と変わらなかったと思われるが、当時はこれらの人々に重いガンに侵される以前に、当時は致命的だった色々な感染症のために死ぬことが多かったのであろう。