ガンは全ての細胞や全ての臓器で起こる。心臓血管疾患やアレルギーと同じく、ガンは単一の病気ではなく、最終的にランダムな増殖を起こすことを主な特徴とする色々な異常を含んだ不均一な症候群とも言える。したがって、ガンという言葉は遺伝的、環境的、心理的なストレスを含む幾つかの原因がもととなった、たくさんの異常をまとめて言う場合の一般用語であると考えるべきであろう。
心理的、及び病態生理学的な二つの理由からガンの議論をする場合しばしば用語の混乱が起きる。第一に、人々は自分に直接関係している場合はとくに、ガンについて話すことを嫌う。昔からそうであったが、患者は自分が病気であることを受け入れないし、家族も同様に素直に病気に触れたがらない。更に、多くの国では医者が病気の重いことを患者から隠そうとすることもあったし、ガンという言葉がガン病棟で禁句になっていたのはそう遠い昔のことではない。そのような時代から長い道程を経て、今や私達は患者や家族と率直に話し合うことが、治療の成功に役立つことが分かったのである。
とは言っても、一般的にガンと言う言葉は嫌われ、遠回しの言葉が使われることが多い。例えば普通はガンと腫瘍を同じような意味に使うが、これは違う。腫瘍とは非炎症的な増殖を示す一般用語で、悪性(ガン性)のものもあり、良性〔非ガン性)のものもある。
第二に、ガンは医学用語では、それができた器官によって違う名前がつけられている。例えば、悪性黒色腫はメラニンを作る皮膚の特殊な細胞からできる悪性腫瘍であり、ガン腫は上皮組織から、肉腫は結合組織から、芽腫は分化していない細胞からできる悪性腫瘍であり、白血病は白血球の増殖を特徴とする血液のガンである。ある時、知人がガンの患者についてこう言っているのを聞いた。「神様ありがとう御座います。ガンでなくて、ただの転移です」。身体の中で、ある箇所からほかの箇所へガン細胞が移動するのが転移で、細胞はそこに定着して新しいガンになる。転移は身体の色々な場所に現れるガンの通常の姿である。一人の人が色々なガンにかかる。いわゆる多重ガンでは、治るチャンスは確かに減っていくが、何時もそうというわけではない。多重ガンの治療成功例も少なくない。
ガンを予防するもっとも良い方法は、発ガン物質にさらされないようにすることである。全ての気管支ガンと肺ガンの80%はタバコによるもので、タバコとアルコールを止めれば、全てのガンの半分は予防できる。その事実を認めたがらない人がほとんどである。皆はそれを決まり切った文句として耳を貸さなくなっている。長い間なじんだ自分の生活スタイルを変えること、瞬間的な喜びや刺激を無意識に求める本能的なものに引きずられているのが現状と言える。タバコとアルコールの習慣に勝つことは、先ずどんな病気にも勝って行ける心の資質を強めることになる。今直ぐにも行うべきことである。
従来のガン治療法は手術、放射線療法、化学療法の三つである。この三つはいわばカづくめの方法である。化学療法によって初めて、進行ガンの患者の治癒が可能になったが、これには現在、二つの大きな欠点がある。一つには、用いる抗ガン剤の有効期間が限られているため、ガンの種類によって効いたり効かなかったりする。二つ目として、抗ガン剤は体の全ての細胞を攻撃することである。つまり腫瘍細胞に対して致死的な量では正常な健康な細胞に対しても毒性があるので、急速に増殖している正常細胞を殺してしまうことがある。したがって、化学療法には脱毛、吐き気、疲労、下網、食欲不振、体重減少、筋肉痤攣などの副作用が伴う。ポータブル注射器を使用することによって、投与量を制御し、正確な時間を決めて最高の効果が得られるように投与することが可能になった。そのほかの技術もこの数年間に開発され、ある場合には温熱療法のように成功を収めている。温度を上げるとガン細胞を殺すことができるのは以前から知られていた。腫瘍は適度の血管網がないために循環が悪く、正常組纖の細胞のように熱を排除することができない。この性質を利用し、電磁場を使って腫瘍を熱し、ガン細胞を連続的に殺すというのが温熱療法のアイデアである。以上のように色々な進歩はあるもののガンの早期診断、治療、そして治癒にもっとも大きい望みを与えてくれるのは分子免疫学と分子生物学である。