従来のガン治療法は手術、放射線療法、化学療法の三つである。この三つはいわばカづくめの方法である。化学療法によって初めて、進行ガンの患者の治癒が可能になったが、これには現在、二つの大きな欠点がある。一つには、用いる抗ガン剤の有効期間が限られているため、ガンの種類によって効いたり効かなかったりする。二つ目として、抗ガン剤は体の全ての細胞を攻撃することである。つまり腫瘍細胞に対して致死的な量では正常な健康な細胞に対しても毒性があるので、急速に増殖している正常細胞を殺してしまうことがある。したがって、化学療法には脱毛、吐き気、疲労、下網、食欲不振、体重減少、筋肉痤攣などの副作用が伴う。ポータブル注射器を使用することによって、投与量を制御し、正確な時間を決めて最高の効果が得られるように投与することが可能になった。そのほかの技術もこの数年間に開発され、ある場合には温熱療法のように成功を収めている。温度を上げるとガン細胞を殺すことができるのは以前から知られていた。腫瘍は適度の血管網がないために循環が悪く、正常組纖の細胞のように熱を排除することができない。この性質を利用し、電磁場を使って腫瘍を熱し、ガン細胞を連続的に殺すというのが温熱療法のアイデアである。以上のように色々な進歩はあるもののガンの早期診断、治療、そして治癒にもっとも大きい望みを与えてくれるのは分子免疫学と分子生物学である。

私達の体の中では、免疫系が全ての外来の細胞や物質を排除する役割を担っている。多くの種類の細胞によってこの防御機構が構成されているが、B細胞とT細胞がもっともよく知られている。B細胞は免疫グロプリンまたは抗体と呼ばれる一群のタンパク質を生産するが、これらは対応する抗原分子を正確に認識し結合する。免疫グロブリン遺伝子群の適応性が非常に高いため、体に侵入した多種多様な抗原に対してそれぞれ特異的な抗体ができ、全ての抗原にはできるだけ早く破壊されるべきという目印の札がつけられる。Tリンパ球はB細胞の抗体生産を統御し、また外来細胞を見つけて壊す役割を担っている。

そのほかの幾つかの種類の細胞が、外敵に対する効率のよい防御線を敷いており、これら外敵の影響で起こる疾患を治すうえで隠れた効果があるので、科学者たちはこれらにとく注目していた。このようなタイプの細胞としてはマクロファージ、K細胞とNK細胞、L AK (リンホカインで活性化されたキラー細胞)、TIL (腫瘍・浸潤リンパ球)などがあり、重要な役割を果たす細胞のリストのトップに挙げられている。

免疫学は外敵による様々な形の攻撃に対する生体の反応を研究するが、したがって同時にガン化の過程での.生体反応、を解き明かし、それに基づいて新しい治療方法を見い出す研究も行う。ガン細胞は異常な性質を持っており、細胞の制御機構が狂っているのはもちろん大きさや形がもとの正常細胞とは大きく違っている。したがってガン細胞は外敵と認識され破壊されるべきものだが、免疫系の厳重な防御の網の目から巧みに逃れているのである。

ガンは徐々に、ある場合は5 0年間かけてニ段階の過程を経て進行することが多く、最初発ガン物質や放射線によって、細胞のDNAに傷がついてガン化の引き金が引かれ、その後に本当の悪性のガンに発展する、体にはこの過程で悪性化から免れるチャンスがあるに違いないのだが、どういうわけか、そのような免疫機構は正常に働かないのである。

その理由は未だ不明であるが、一連の治療方法のうちで、大きな期待がもたれているのは、怠けて休眠しているような免疫系、とくにガン細胞を破壊する役割を持つ特定の細胞を活性化させるやり方である。これがガンの免疫療法と呼ばれるものである。

ある腫瘍を取り除くには、患者自身のリンパ球を大量に投与することが一つの方法である。しかし今述べたようにこのリンパ球は眠って居て本来の役割を果たさないので、医者は最初にこれらを活性化、つまり役目をきちんと果たせるように訓練し直さなければならない。近年、免疫系の色々な細胞を正確に活性化する機能を持った天然の細胞間情報伝達物質が分離され、これが可能になった。インターフェロンとインターロイキン-2がそれである。インターフェロンは様々な細胞によって作られる一連の物質であり(アルファ・インターフロンはT細胞で作られる)、ウイルス感染。自己免疫疾患やガンとの戦いで働く天然の薬剤である。もちろんインターフェロンは全てのガンに効くわけではないが、NK細胞を活性化するので、腎臓のガン、黒色腫、エイズに伴うカボシ肉腫、慢性骨髄性白血病、毛様細胞性白血病(白血病の一種で、顕微鏡で細胞が毛のように見える。インターフェロンはこの場合に白血病細胞の成長を制御する物質として働くので、病気を治すよりむしろ妨ぐ働きをする)によく効く。

インターロイキン-2はB細胞やT細胞やNK細胞の成長因子として働く細胞間情報伝達物質であり、賢臓や皮膚ガン、ある種のリンパ腫、幾つかの白血病に有効である。治療法としては、患者自身のLAKやTILを分離し試験管内で培養して増殖させ、この細胞を例えばインターロイキン-2で活性化した後で、患者に再び注入するのである。この技術はおそらく非常に多くの可能性を持っているが、ほかの方法と同じく、疲労、発熱、水腫、そしてある場合は心筋梗塞などの危険な副作用がある。現在は、この療法をうまく使えば効果があるという基礎的知識を得た段階であり、今後副作用を減らして効果をもっと的確にするため、より調和のとれた形で適用する必要がある。

この複合体はニ段階を経て作用する。第一段階で、ガン細胞の表面にある特定の受容体(抗原)を抗体が探して結合し、第二段階で、その複合体の運んでいる毒素がガン細胞に入ってそれを殺すのである。ただし、これは理想的にいった場合で、実際には、次のような二つの障害が経験的に知られており、このためにまだ成功した例は少ない。第一に、ある種の腫瘍では、その物理的な構造のために免疫毒素の働きが制限される。事実、大きな固柩腫瘍では血液供給が悪いために毒素がその中心に到達しにくく、効果が発揮できない。

そして第二に、抗体の抗原特異性がそれほど完全ではないために、抗体はほかの正常細胞にも結合して、これらを毒素で破壊するという毒性の問題がある。この技術の改良は盛んに行われているが、今までのところ、初めに予想されたほど良い結果は得られていない。