心臓血管疾患やアレルギーと同様に、精神病でも個人個人は様々な症状、つまり様々な行動を示す。正常と異常の間の線は、観察者によって主観的に決められたルールにしたがって連続する現象の雨端の間のある点で任意に引かれる。例えば、冠状血管造影法で診断するとき、ある心臓病専門医は主要な冠状動脈に40%の閉塞のある場合に心臓病と決めるし、ほかの専門医ではこの限界が50%であり、また複数の動脈にアテローム性硬化がある場合に心臓病と決めるという場合もあるというような具合である。精神病の場合には、部分的に観察者の文化的価値基準が寄与する。精神医学の境界線は非常に漠然としたものであり、白黒をはっきりと決めることは難しく、多くの人達は時と場合によって、漠然と異常に区別されてしまう。ある人は一生そこから抜け出せず、ほかの人は浮かび上がってその状態から抜け出たり戻ったりする。

精神分裂病は狂気の劇的な型であり、実際、一般の人が抱く狂気の概念にもっともよく合った病気である。この病気は普通、成人早期に始まり、侵された人はその後の人生で激しさの違う色々な症状に悩まされる。そこには現実のドラマがある。精神分裂病では患者の生活全体が異常であるが、平均余命は一般の人達とほぼ同じである。

何を精神分裂病の臨床的定義にするかには大きな問題がある。それぞれ特有の文化に合わせた質問集よりなっているが、各国で使われている基華は、それぞれ幾らか違いがある。現在、評価が主観的であることと、観察される症状が複雑なために、普遍的な定義を下すことは不可能であるが、異常の底にある症状を描き出すことは可能である。

先ず第一に、精神分裂病では一群の心理的症状が特徴であり、患者は幻覚や妄想を起こしやすい、患者は色々な声を聞き、思考の異常を経験し、一つの仕事に集中することが難しく、自分の行動が宇宙人によって制御されていると考えたり、人々が自分の考えを読み取ったり、自分の心にその考えを植え付けたりすることができると想像する.。偏執性妄想症の患者は、敵意を持った力に自分が囲まれていると信じている。

精神分裂病患者の行動は移り気である。彼らは近くにいる人に対して暴力的な妄想を起こし、このため次第に家族や友人から疎外されるようになり、病気から来る情緒的な悪影響も現れるようになる。だれとも親密な関係を作り上げられないので、その生殖率は正常な人より低い。精神分裂病患者は、ある物事を概念としてうまくまとめ上げる感覚を持った(この感覚はゆがんだものであっても)、知的な人間でもることが多い。彼らは時々幻覚を言葉で言い表すことができるが、自分の思考をコントロールすることに無力であると感じるのである。何が精神分裂病の引き金になるのか、なぜ激しさの程度の違う症状が一生を通じて練り返されるのかは分からない。その根底にある神経生理学的、生化学的そして分子的機構は依然として完全なミステリーであるが、環境的及び遺伝的な二つの因子が相互に作用して、発症に働いていることは間違いないところである。幾つかの環境因子が、精神分裂病の堯症の原因になる可能性があると主張されている。これらには情緒的ストレス、不幸な家族的環境、胎児の時期以降に受けた頭の機械的損傷、ウイルス感染などが含まれている。これらは環境因子として考えるのが不適切であることが立証されるまでは重要な作業仮説として考えなければならないが、現在の私達には環境因子について貧弱な知識しかないことが欲求不満の唯一の原因となっている。

遺伝的要因もまた、精神分裂病の発症に重要な役割を果たすことが、かなり前から明らかにされてきたが、これには三つの理由がある。第一に、世界中の如何なる国も、調べてみると、住民の1%は精神分裂病に悩まされている。第二に、同じ家族のメンバーの数人がこの病気に侵される場合の多いことが長い間認められており、ほかのメンバーも完全な精神分裂病症状こそ示さないが、それでも心理的な異常があり、非常に軽い精神分裂病の症状を示し、抑うつ症や、アルコール耽溺や薬物耽溺に陥りやすい。第三に、双生児の研究で分かったことだが、もし双生児の片方が精神分裂病患者だと、もう片方は80%の頻度で同じ病気に苦しめられるのである。

精神分裂病は家族で多発するが、その遺伝的な伝達様式は分からない。もし、この伝達の様子を正確に理解すれば、だれが病気にかかりやすいかを決めることができる。家族での伝達様式がまだ不明なのははっきりした理由があり、それは今まで推測されてきたように、精神分裂病に見られる異常が質的に均一ではないということである。事実、精神分裂病には幾つかのタイプがあり、それぞれのタイプは一つ、または複数の環境因子を伴った、一つ、または複数の遺伝的要因によって起こると考えられる。臨床的に診た精神分裂病の症状はおそらく色々な病気の表れであり、各々の病気の異なった分子の異常によって起こるのであろう。この点から見て、精神分裂病は概念的にはアテローム性硬化症や心臓病と同じである。精神分裂病という診断用語は、色々な病気で観察される末梢的な、そして医者の主観によって法められた症状に対して、臨床的に付けられた名前であって、これらの病気はお互いに完全に無関係であろう。

すでに知られているある遺伝子の塩基配列をもとに作り上げた特殊なDNA探索子を用い、精神分裂病の患者と健全な人々から、未知の遺伝子を分搬することができるだろう。そして正常と異常の両方の遺伝子の塩基配列を比較すれば、精神分裂病を起こす原因となる遺伝子の変異を知ることができるであろう。この遺伝子の変異が決定されると、すぐにでも二つの面で利用法が生まれる。第一に誤りのない診断ができ、そしてもちろん、個人個人がどのようなタイプの精神分裂病にかかりやすいかという体質を検出する予測法ができるだろう。しかし、このような遺伝子を持つ人が精神分裂病になるかならないかを正確に予測するには、これではまだ不十分である。幾つかの遺伝的、非遺伝的な因子が相互に作用して、この病気の引き金になるのだが、変異遺伝子が決まれば、遺伝的非遺伝的な因子のうち主な因子の一つが手に入ることになるだろう。第二に変異遺伝子が分かって初めてあるタイプの精神分裂病の直接原因の神経生理学的変化の生化学的機構が分かる。