人間の脳はものすごいエネルギーを内蔵していて、肉体と精神の働きを統御していますが、その栄養は血液によって間断無く補給されています。だいたい、全身を巡っている血液量のおよそ八分の一を、脳は必要としています。成人の脳の重さが体重の四十分の一くらいであることを思うと、脳という器官がいかに多量の血液を欲しているか、貧欲であるかが分かります。大人ですと毎分800CCを超える血液、つまり牛乳ビン4本分以上の血液が脳の中を流れているのです。人間が生きていくにはロから食べたものを生理的に燃焼させるため、たえず一定量の酸素を必要としますが、脳はやはりその酸素をたくさん欲しがる器官で、全身が必要とする酸素補給量のざっと五分の一を脳で消費しているとみられています。生命活動のエネルギー源として欠かせないグルコース(ぶどう糖)などは、脳で体内のほとんど全てを消費しています。しかも脳は、酸素やグルコースをいっぺんに取り入れて、ちびちび使うということができません。いわば食いだめができないのです。そのため母親のお腹を出た瞬間から息を引き取るまで、脳への血流は一瞬の休みもなく一定量を確保し続けねばなりません。その血流がわずか10秒間ストップしただけで、たいていは意識を失い、脳全体の酸素欠乏状態が2~3分間続いたら死んでしまうか、助かっても正常な暮らしはできなくなるでしょう。
これが赤ちゃんや育ち盛りの子供ですと脳の血流はいっそう活発に循環して、酸素もグルコースもたくさん必要とします。どんどん成育していくために、条件反射などによる記憶を、そのエネルギーによってせっせと蓄えねばならないからです。脳の中身を豊かにして、髄鞘も形成していかねばならないなど幼児期の脳は膨大なエネルギーを必要とします。
立っていても、寝ていて急に起き上がったとしても、脳の中の血流量は変わりません。それはうまく自動調節が行われているからです。しかし中にはこの調節がうまくいかずに、立ち上がった瞬間、脳の血流が少なくなって目まいを起こし、倒れてしまう人がいます。シャイドレーガー症候群の患者さんがそうで、このように脳の働きと血流は切っても切れない深い関係にあります。
人間の脳は電気を出して磁場を持っていますが、成人の場合それは体全体でおよそ60ワットのエネルギーに相当します。そのうち脳だけで三分の一、20ワットのエネルギーを持っているとされています。いわば、20ワットの蛍光灯が脳から輝いているようなものです。小脳の重さは脳全体の11%ほどで、その主な働きは全身の筋肉や関節や内耳などから送られて来る情報に基づいて、姿勢の調節をしたり、筋肉の連動をうまく協調したりすることです。外科医が手術の時、肉眼では見えない微細な糸と糸を顕微鏡の下で見ながら結び合わせたり、またそれで細い血管を縫い合わせたりしますが、これらは小脳の働きによるものです。立って話できるのも、声出すのも全て小脳のおかげです。この小脳と大脳が協力し合って、人間の偉大なる文化が作り上げられて来たのです。小脳と大脳の働きによって人間らしさが保たれているわけです。