人間はこれまで、野性の動物の偶然の変化を忍耐強く待ち、その変化を積み重ねて品種改良をして来た。狼が犬になるのには、少なくとも数百年、恐らく数千年はかかったことだろう。遺伝子組み換え技術を使えば、これらのタイムスパンと比較して、ほぼ瞬間的にまったく新しい生物が得られる。しかも、従来の品種改良法ではどんなに時間をかけても人のホルモンを作る大腸菌を作り出すことはできない。遺伝子組み換え技術は、生物の種の壁と時間の壁を超えるもの凄いインパクトを持つ技術ということができる。
細胞融合も手法は全く異なるが、新しい生物を作り出すという点では、遺伝子組み換えと似た技術である。細胞融合では、主に植物の品種の異なる細胞を融合させて新しい細胞を作る。融合して得られた細胞を育てて植物体にする。その植物が種を作り、同じ植物が安定して得られるようであれば、新しい品種が誕生したことになる。
細胞融合の例として、ジャガイモ、すなわちポテトとトマトから生まれたポマトが有名である。ポテトも卜マトも、共にナス科の植物であるが、異なる品種なので、交配しても実は成らない。しかし、細胞融合させることによって地下にポテト、地上にトマトが成る植物ができた。この実験は、トマトにポテトの持つ耐寒性を持たせて寒くても栽培できるトマ卜を作るためであった。この他、例えばオレンジとカラタチを融合したオレタチという果物も作られている。耐寒性と耐病性がある力ラタチの性質をオレンジに受け継がせるのが目的である。他にも風味のメロンと歯触りのカボチヤのメロチャがある。
植物の細胞から直接、元の植物体に育ててしまう技術が組織培養である。従来の種子からの方法では、得られる個数も限られているし、時間もかかった。細胞から直接作る方法では、数はほぼ無限に近いし、育てる時間もほとんどかからない。ここでもバイオテクノロジーによって数と時間の壁が破られている。
メインの技術は「生長点培養」と呼ばれる植物が成長する先端部分の細胞を培養して育てる技術である。この場所の細胞はウイルスに感染していないので健康な植物体が得られる。しかも全て同じ遺伝子を持つクローンであるので品質は全く同じである。大量生産に適した条件を備えている。
この組織培養で、高級な花が低価格で生産できるようになった。キク、ユリ、カトレア、デンドロビウム、ガーベラなどが栽培されている。温室でしか見られなかった高級で高嶺の花であったランも普及し、部屋を飾る花になったのである。