酵素は体の中で起こる化学反応の触媒の役割を果たすタンパク質です。触媒とは、それ自体は何の化学変化も受けずに、ある化学反応を速める働きをする物質のこと。
肝臓が気になっている人は、GOT・GPTという言葉を知っていることでしょう。
このGOT・GPTは肝細胞の中にある酵素のことです。肝細胞の中には2,000種類以上の酵素があって、このGO・GPTはトランスアミナーゼという酵素に属しています。GOTは肝臓のほか、心臓や腎臓などにも存在していますが、GPTは肝臓に特に多く含まれています。健康な人でも血液の中を極少量のGOT・GPTが流れていますが、肝臓疾患にかかると肝細胞が破壊されて、大量に血液の中に流れ出て来ます。
例えば急性肝炎にかかると、先ず血液の中のGOTやGPTが多くなります。そして慢性肝炎に移行するとガンマ・グロプリンという血液の中のタンパク質が増えてくるのです。この三つが肝機能検査のときに注目すべき三要素になっています。体の中、特に肝細胞ではまるで化学工場のように何千種類もの化学反応が起こっています。さまざまなタンパク質を造るのも、すべて化学反応なのです。
化学反応の種類は無数にあり、化学物質もさまざまですが、その基本はいたって簡単で、Aという物質とBという物質で、Cを造ります。Dという物質を分解してEとFという物質を造ります。このような合成と分解が化学反応なのです。
さて化学反応というと、劇薬などをビンからフラスコに入れて、ガスバーナーで加熱したり、フラスコから出る気体を渦巻状のガラス管で冷却したりする実験装置を想像するでしょう。加熱するのは反応のスピードを速めるため、また溶媒としてエーテルやアルコールを用いるので、溶媒が蒸気になって逃げないように冷却するのです。そして反応には濃硫酸やアルカリがよく使われます。化学工場で行っていることもこうした実験装置を大きな設備にしただけで、その原理は変わりません。
ところが細胞の中での化学反応には、ガスバーナーも濃硫酸もエーテルもいりません。温度も体温に近い37度位で行われ、ほとんどの反応が中性の水の中で起こっています。このような条件で化学反応を起こすことは、現代の科学技術ではほぼ不可能といわれています。
それを私たちの体は一瞬にして行うのです。それは酵素があるからです。酵素が反応をどのくらい進めるかというと、酵素がないときと比較して約10倍から100倍位反応のスピードが早まると言われています。
実験室では何年もかかる化学反応が、生体内では一分もかからずに行われています。現在約2,500種類の酵素が体から見つかっていますが、この酵素の特徴は単に反応のスピードを速めるだけではありません。さらに重要なことは、ある酵素は決められたある特別の反応しか速めないという点です。例えばご飯の主成分であるデンプンを分解してブドウ糖に変える反応を考えてみます。
実験室で行うにはデンプンに硫酸か塩酸を加えて、加熱します。この操作でデンプンは分解されてブドウ糖になりますが、他の物質もいっしょに分解されてしまうのです。しかし体内では、デンプンを分解する酵素は他の物質を一切分解しないのです。
酵素がある特定の物質だけに作用する性質を「酵素の特異性」とよび、酵素の作用を受けて化学反応を起こす物質を「基質」とよびます。酵素と基質との関係は、よぐ「カギ」と「カギ穴」にたとえられます。酵素はその表面に特定の物質だけが収まる穴をもっていて、そのすき間にAという物質とBという物質がCという物質を合成するのに適した形で向かいあって入ると、Cができるのです。こうしてCができるとAとBの残りカスを捨て、空になったすき間に再びAとBを取り込んでCを創り出すのです。ひとつの酵素が一分間に合成、または分解する分子の平均量は100~10,000。なかには4億も造り出す酵素もあるのです。
細胞や体の中には数千種類の酵素があり、それぞれが役割分担を持って、ある特定の基質だけの反応を助けているのです。体の中でたくさんの複雑な化学反応が混乱もなく整然と行われている秘密が、ここにあるのです。
酵素がある特定の物質にだけ反応するため、体の中での化学反応は、いくつものステップを踏むことになります。つまり体の中で起きる化学反応は何種類もの酵素が順番に働きながら少しずつ進行しているのです。では何故一気に、造りたいものを造らないのでしょうか。
その理由は化学反応が大量のエネルギーを出すからです。もちろん体の生体機能を支えるエネルギーはこうした化学反応によって得られるものですが、いっぺんに大量の熱が出ると、細胞自体がその熱で破壊されてしまうのです。そこでひとつの化学反応を行なう過程で様々な中間物質を造り、熱を分散しているのです。こうした化学反応で、細胞は体に必要なタンパク質を、必要な時に必要な量だけ造り出しています。その生産調整は次の通りです。
先ず酵素の量です。タンパク質合成の命令はDNAが行います。酵素もタンパク質ですから酵素生産の基本的な調節はDNAが行っているといえます。そしていったん酵素が出来るとその反応を調節するのは、細胞内環境です。たとえば温度。多くの酵素は摂氏36度から41度くらいでうまく働くように出来ており、それ以下でもそれ以上でも都合が悪いのです。酵素反応を起こす前と後の物質の量も、酵素の働きをコントロールしているといわれています。細胞内にある変化する前の物質が少なくなると、酵素の働きはだんだんと遅くなります。さらに酵素の中には「スイッチ」を備えたものもあるのです。このような酵素は休みなく働いているように見えても一日の内で波があり、状況に合わせてスイッチが入るのです。酵素にスイッチを入れるのは補酵素という物質です。酵素だけだと物質が入る隙間が未完成、そこに補酵素が入って初めて酵素は機能を発揮出来るのです。この補酵素として働くのがビタミンやミネラル。とくに重要なのはビタミンB群とマグネシウムと亜鉛です。