細菌やウイルスといった微生物の侵入に対抗する為の人間が持つ機能は免疫である。微生物が体内に侵入すると、その微生物に対する「抗体」と呼ばれる物質が作られる。この抗体が微生物に作用すると、微生物が殺され、生物の作る毒素が破壊される。免疫では自己と非自己が正確に区別されるが、非自己に対して決して抗体が作られないようなメカニズムが、免疫機構には存在する。微生物に対する抗体が作られるということは、免疫機構が微生物を自分と区別し、非自己と認識するからである。人間にとって微生物は非自己なのである。
ところが実際には、自分に対する抗体が作られてしまう病気がある。こうした病気は自己免疫病と呼ばれている。自己免疫病になると自分自身の細胞に対する抗体が作られ、その抗体が細胞と反応を起こすからいろいろな病気になる。免疫機能が抗体を作るのは、非自己と認識された対象であるが、そうした対象を「抗原」と呼ぶ。したがって微生物は抗原の一つということになる。人間にとって抗原となるのは微生物だけではない。免疫システムが「異物」であると認識するすべての生物や物質が抗原になる。
免疫機構の主役は白血球の仲間であるヘルパーT細胞と呼ばれるリンパ球である。ヘルパーT細胞が出した指令に従って抗体を作るのは、B細胞というリンパ球であり、ヘルパーT細胞は抗体を作るための指令部であり、B細胞は抗体の製造工場というわけである。
免疫機構は、健康な人体が病原体であるいろいろな微生物と闘うための軍隊と考えると分かりやすい。そして抗体というのは病原体という敵と戦うミサイルである。この抗体というミサイルは、狙った敵しか攻撃しないという特徴を持っている。
天然痘ウイルスに対する抗体は天然痘ウイルスしか攻撃しない。日本脳炎ウイルスの抗体は日本脳炎ウイルスしか攻撃しない。インフルエンザウイルスを攻撃するのは、インフルエンザに対する抗体だけである。ある決まった抗原に対して作られた抗体は、その決まった抗原だけを攻撃するのである。こうした抗体がある決まった抗原としか反応しないのは、抗原抗体反応という、それは抗体には特別のマークがついていて、そのマークと反応するマークを持った抗原しか攻撃しないというメカニズムによる。抗体のマークと抗原のマークは、完全に一対一の対応になっていることから、しばしば「鍵と鍵穴」に例えられる。
抗体に特別のマークがあるために、決まった敵しか攻撃しないことは、攻撃されるのはあくまで敵である病原体などの抗原であり、自分自身が攻撃されないことが保証されることになる。自分を攻撃するような抗体が作られると、味方同士の相討ちが始まってしまうことになり、健康な人体に大変な事態が起きる。自己免疫病は、いうならば敵を攻撃するためのミサイルが自分の細胞を攻撃することによって起きる病気である。免疫細胞が間違って自己と反応するマークを持ったミサイルを作ってしまうのである。
抗体が特定の抗原としか反応しないということは、抗体というミサイルが特定の敵しか攻撃しないことを意味する。このことが免疫機構を非常に効率の良いシステムにしている。特定の目標を持たずに、何でも攻撃するようなミサイルは効率が悪いことは、現在のミサイルの心臓部がコンピューターにあることからもよくわかる。天然痘ウイルスを攻撃するミサイルが、風邪を起こすインフルエンザウイルスに命中したのでは効率的でないだけでなく意味がない。人問の免疫機能は実に優れたハイテク兵器なのである。